定年制度に思う。90年代半ばまで55歳定年だった
過去の日本の定年制度を調べていたのだが、1990年代半ばまで定年が55歳だったことを知って驚いた。
Wikipediaで見るとこんな感じ。大抵はまず強制力のない努力義務化されて、その後義務化されるという流れになる。
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1986年に60歳定年が努力義務になったようだが、それまでは多くの企業で55歳が定年退職の年齢だった。
1994年の改正で60歳未満定年制が禁止になったことで60歳が標準的な定年に。
2000年に65歳までの雇用確保措置が努力義務化。
2012年には希望する労働者全員を65歳まで継続雇用することが義務化(2013年施行)。
2021年4月、改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業は65歳までの雇用確保義務に加えて70歳までの就業確保が努力義務になった。
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現時点では定年60歳が大多数で65歳まで雇用継続が義務化されている。
2021年に70歳までの就業確保が努力義務になったので、5年以内に70歳までの就業希望者への雇用確保が義務になるだろう。
最近の世の中の論調をみていると、なるべく長く働く方がいいとか、そういう流れになってきていることを感じる。
政府としては年金詐欺の問題を覆い隠すための洗脳だと思うのだが、これに素直に従うほど馬鹿ではない。
つい最近まで55歳定年だったことを考えると、少し早いが今の自分がリタイアしても大してアーリーリタイアということでもない。ちょっと早いリタイアくらい。
労働が好きな人はいつまでも働けばいいが、本当に労働が好きなのか、単に洗脳されているだけなのか、他にやることがないからなのか、自分では良く分からないと思う。
僕は他にもやりたいことが沢山あるし、そのためには体力がある程度必要なので、元気な間にリタイアするのがベストだと思う。
社会的な地位はすでにある程度築いているので、今さら仕事を通じてそんなものを感じる必要はない。
居場所がないなどと言って会社にしがみつくのはおかしな話だと思うね。結局これまで何も考えずに言われるがままに仕事をしてきた人はそうなるだろう。
そういう人は何でも常識に従って生きている人。65歳までは働くものだ、家は買うものだ、車はローンで買っても良い、結婚はするものだ、子供は2人持つものだ、etc なんでも所謂世間の常識に従って生きてきたような人は、もうその生き方から逃れることはないだろう。自分で考えない人はロボットと同じだね。
今の世の中を見ているとこういうロボットが如何に多いか。他の人と違うことをするのが怖い。常識に従って生きているのが楽という人達。
残念なことにこういう人達が有権者としては一番多いので、こういう連中の意見が民主主義では通ってしまう。
僕はこういう常識からは距離を取っているので(とはいえ常識に支配されている部分も多いのだが)、民主主義の世界では不利。
だけど逆に言うとみんなと違うからこそチャンスを掴めるということ。自分の感覚が常識と異なることに感謝をしなくてはいけない。