私財で学校を作る
楽天の創業メンバーの一人の本城さんの記事。とても興味深い。
土地、建物、備品など総工費は数十億円。すべて自己資金です。楽天を離れて開校まで18年かかりましたが、必要な時間でした。一つずつの出会いがあって次のチャレンジやテーマ、問いが見えてきた。様々な経験や人との出会いがぎゅっと詰まって学校ができています。風越の子どもたちがどのように育っていくか、本当に楽しみです。
楽天の株式売却で得た資金を使って私財で学校を作る。なんともロマンのある話だ。この人は東日本大震災の時にボランティアに従事していた地域に土地を寄付したことで名前を記憶していた。
なかなか凄い人だと思う。IT長者達が派手にお金を使う一方で、学校を作ったり、ボランティアしたり。良い悪いではなく、生き方の違いだろうけど。
成功者はよく教育を語るがそれはなぜなんだろう?
いつも疑問に思うのだが、成功者は決して本城氏が作ったような風越学園のような理理想的な環境で育っている訳ではなく(そもそもそういう学校は当時はなかった)。しかしその中から成功した。
こういうこれまでと異なる教育機関から本城氏のような人が生まれるのだろうか?それとも教育はそれほど関係はないのだろうか?あくまで本人が持って生まれた性質が一番重要なのだろうか?
正直言うと僕はこの件は分からない。理想的な教育、子供の視点に立った教育、一般大衆とことなる教育が良い結果を生むのかどうかよく分からない(たぶん誰も分からない)。教育というのは単純ではない。良い教育、悪い教育というのが単純に存在するわけではない。もっと複雑なものだと思うし、偶然が左右するものでもある。
高等な教育を受けてもダメになるときもあるし、大衆教育を受けても本人の他社との出会い、偶然の経験がプラスに左右することもある。
そういう意味で理想の教育というのはないような気がする。とても悪い教育というのはありそうだが(例えば暴力を振るうとか、そいう論外なのは確実に言えるが)。